続・らくがき日記

漫画家志望 趣味や日常も書きます 受賞歴はプロフィールから

日本国籍を抹消した男

こんにちは
きょうはとても晴れていいお天気なので、お布団を干しました ほぼ一式
今夜寝るときに太陽の匂いがすると思うと楽しみです

 


さて、きょうはこの間見に行った「藤田嗣治展」の感想を書きます
藤田嗣治は日本人の画家ですが、のちに日本国籍を抹消して、フランスで「レオナール・フジタ」と改名しました どうしてそうなったのかは後ほど…!!

 

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今回の会場は府中市美術館でした
よく思うのですが、ここの展示は毎回リーズナブルな価格なのに展示も判り易いし、なのにボリュームもあってすごくすきです
わたしも府中市民になりたい…(府中よりも田舎の東京に住んでます)


以前、マリー・ローランサンを見に行ったときのように、今回も判りやすく画家の生い立ちと共に解説が書かれていて、すごく面白かったです(しかも解説に専門用語が余り遣われていないので、わたしのような浅い知識でも読みやすい)

 

 

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<藤田嗣治ポートレート>

藤田嗣治は、1886年生まれ
お父さんが軍人という硬派な家庭に生まれたのですが、東京美術学校(今の東京芸術大学 東大よりも入るのが難しいと言われている芸術大学です)に入学します

学生時代の藤田の作品から展示されていたのですが、もうその頃からめちゃくちゃ絵が上手い…!! デッサン力がものすごい でも、余り芽が出なかったそうです

 

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<東京芸術大学の卒業制作 「自画像」>

 


学校を卒業してから、藤田は単身パリへ行きます(この時代は美術的な留学というと、ヨーロッパが主流だと聞いたことがあります)

渡仏した藤田は、キャンバスから自製した「乳白色の下地」を特徴とした作品を発表し高い評価を得ます ものすごく、パリで

 

 

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<「五人の裸婦」もしかしたら教科書にもこの時代のものなら載っているかも?>

 

その後に藤田は日本に戻るのですが、藤田がパリで受けた評価とは別に、日本ではなかなか受け入れて貰えません
藤田の特徴的なおかっぱや、西洋絵画の古典的なモチーフである裸婦などが、日本人の目にはよく映らなかったみたいです(余談ですが黒田清輝も裸婦を描いたら批判された…みたいな時代があったような)


藤田にとって日本は自分の国籍であり、自分の故郷でもあるので、日本人に自分の作品が受け入れられなかったことは、パリで大きな評価を受けたことと重なり、たいへんな重荷になりました

戦争が始まり、藤田は戦争画を描き始めます

 

 

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<「アッツ島玉砕」>


この絵が飾ってあるスペースがすごく迫力があって、圧倒されました
絵も、ものすごく大きいし、この時代の絵はそれまでの優しい雰囲気とは全く別で、暗い色彩に、苦しむ人々の表情があまりにも生々しくて、見ていると胸が詰まります

 

題材としては重く、悲しいものですが元々の技量が素晴らしいので絵としてもすごいものだな…と見ていて感じました
実際に「戦争画の最高傑作」と呼ばれているそうです


戦時中、藤田の絵を見た多くのひとが手を合わせ、拝んだり、賽銭をしたり、供養をしたりしたそうです
その様子を見て藤田は「やっと自分の作品が、日本人に認められた」と思ったに違いありません
戦争がなければ描かなかったかもしれない悲しい絵、それが受け入れられたというのは、なんだか奇妙な運命のような気がします

 

しかし終戦後、戦争画を描いていた藤田は戦争責任者として指弾(非難されること)されます
実際には、戦犯者リストに名前が載ってないなかったので正式に嫌疑は晴れたのですが、自分一人に責任を負わせようとした日本美術会などから追われるように、フランスへ向かいました

 

 


自分を初めて評価してくれたパリで、藤田はフランス国籍を取得し、日本国籍を抹消することにします

 


日本にずっと認められたかった
西洋絵画の画題によって、嫉妬と羨望を受け
戦争画でやっと認めて貰えたと思っていたら、戦争が終わった途端に罪人扱いされた藤田

 


藤田の胸にどんな複雑な想いがあったのかと思うと、なんともやり切れません
どんな心境で決断したのだろう…と思うと、とても切ないです


それからフランス大聖堂でカトリックの洗礼を受け、晩年はレオナール・フジタと名乗りました

 

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<「聖母子」(一部)>

絵のモチーフも宗教画や子供になり、礼拝堂も作りました 亡くなった藤田はランス大聖堂で葬儀をしたそうです


藤田嗣治の波乱万丈な人生が、その時代の作品とももに飾ってあって、映画を一本観たような妙な疲れを感じる展示でした(いい意味で)
藤田のことが判ったのはとても嬉しかったけど…兎に角切ない、もっと穏やかに人生が送れたら良かったのに…とつい思ってしまい、余韻が深く残る鑑賞でした

 

 

図録も欲しかったのですが、既に完売していました 再販とかあるのかな~ 欲しいです

そもそも藤田嗣治が結構有名だということもあると思うんですが、人気のある展示だったみたいで、わたしが行ったのは平日の昼間だったのですが、かなり混んでました でもそれなりに絵も見れて良かった まんぞくです

 

この間も美術展へ行った話を書きましたが、今年は余り行けていなかったような気がしたので、たくさん行けて良かったです~

 

有名な画家とかだと「雑誌とかで見たことあるし、いっか」と思うタイプだったのですが、実際に見ると迫力が全然違って、すごく好きになるパターンが多いです(笑)

やっぱり本物ってすごいなあ わたしもそんな絵を描けるようになりたいです

 

あ、記事に使ったポートレートや絵は全て藤田嗣治展のフライヤーからです~
ではでは本日はこの辺で
お読み頂きありがとうございました!